技術レポート

神戸製鋼所溶接事業部門発行の技術誌「技術がいど」。この中の「技術レポート」コーナーを2005年1月号からこれまでをまとめた電子カタログです。


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技術レポート[VOL.452005-1]-1-1.はじめに最近の超高層建築物設計においては長寿命化の観点から、梁端だけではなく大入熱溶接が適用される柱の溶接部にも高靭性値が要求される例が増えている2)。その理由として、長寿命設計においては供用期間中に遭遇する地震レベルとして従来より再現期間の長い地震、すなわち、より大規模な地震を想定するため鋼材や溶接部により高い靱性値が求められる2)。一方、超高層ビルにおいては、オフィスビルへの多様化するニーズに柔軟に対応するために無柱大空間の実現が必要となり2)、柱軸力の増大とともに使用する鋼材も厚肉・高強度化しており、板厚100MMに迫る厚肉の引張強度590MPA級高強度鋼を使用する例がある。このような要求に対して、神戸製鋼では厚肉・高強度と大入熱HAZ靭性および耐溶接割れ性の両立という難度の高い課題に取り組み、全く新しいコンセプトによる組織制御技術を確立し新しく建築構造用490MPA級(KCLA325)、590MPA級(SA440)高HAZ靭性鋼を開発した。本報では、新しく開発した高HAZ靭性鋼に適用するサブマージアーク溶接(SAW)材料、エレクトロスラグ溶接(ESW)材料の特性を紹介する。2.高HAZ靭性鋼の開発母材特性は、超高層建築物に使用される80MM以上の板厚において現行のKCLA325およびSA440の規格を満足することを目標とした。低入熱溶接時の耐溶接割れ性は、Y型溶接割れ試験において予熱なしでも割れが発生しないことに加えて、JASS6で規定されている最小ビード長の40MM以下の溶接部でも硬さが割れ発生防止の指標とされるHV350以下を目標とした。超大入熱溶接の熱影響部(HAZ:HEATAFFECTEDZONE)の靭性劣化は、入熱量の増大にともなう硬質の島状マルテンサイト(MA:MARTENSITE-AUSTENITECONSTITUENT)の増加およびベイナイト組織の著しい粗大化が主要因である。従って、超大入熱HAZ靭性改善にはMA低減およびベイナイト組織の微細化が有効と考えられる。MAは上部ベイナイト生成時に未変態オーステナイト(Γ)中への炭素の濃化によって生成するため、炭素量を低減することがMA量の低減には有効である。また、溶接割れ防止の点からも低炭素化は低入熱溶接熱影響部の硬化抑制に有効な手段である。一方、ベイナイト組織の粗大化抑制の手段としては微細なTINの分散による溶接時のΓ結晶粒の粗大化抑制が有効であるが3)、前述のような超大入熱溶接部においてはその効果を十分に得られない。これまでに強度確保のために添加する合金元素に着目し、その種類の選択により旧Γ粒内部の変態組織を制御し、HAZ靭性を改善できることを見出している4)~6)。図1にその組織の違いを模式的に示す。具体的には、NB,V,MOなどの炭化物生成能の強い元素(強炭化物生成元素)の添加は低炭素系においては方位の揃った粗大なベイナイト組織を生成する傾向があるが、MN,CU,NI,CRなどの炭化物生成能の弱い元素(弱炭化物生成元素)はその傾向が小さく、多数の方位の異なる微細なベイナイトブロックに分割されることを明らかにしている。そこで鋼板の開発では、低炭素化に加えて弱炭化物生成元素を添加する微細低炭素ベイナイト組織(低カーボン多方位ベイナイト)の活用による大入熱HAZ靭性と耐溶接割れ性改善を開発コンセプトとした。(B)弱炭化物生成元素添加[MN,CU,NI,CRなど](A)強炭化物生成元素添加[NB,V,MOなど]図1HAZ組織に及ぼす添加元素の影響の模式図高HAZ靭性鋼用溶接材料猿橋清司新舘宏(株)神戸製鋼所溶接カンパニー技術開発部


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